七つの空

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 iyon ih = ef sya-ion mou-i !
 (君に会えて、嬉しいんだ。とっても、とっても!)


 惑星クレシェーラ。それは、人と魔法が棲まう場所。奏でられる音にこそ魔法が宿り、慎ましやかに暮らす生命たちは心を重ね合っていた。しかし、かつて美しかったこの星にその頃の面影はない。
 宇宙から来たる虚無の侵攻により滅亡の危機に瀕している、今となっては。

七つの空

「は、っ……重たい……ちょっと、休憩……」
 がくん、と勢いよく尻餅をついて、広がる芝生の上に寝っ転がったのは青い髪をした少年だ。そのすぐ傍らには背中から放り出されたであろう荷物が見える。輝く鉱石から無骨な丸太まで、その指先を離れて少年と共に仰向けになっていた。
「ああー……僕って体力ないなあ。運動不足なのはわかってるけど……頑張れ、アイチ。もうちょっとで部屋だよ……!」
 点々と浮遊する円盤状の建造物の更に上空、惑星を照らし燦々と輝く太陽に向かって、半分泣き言、半分自身への励ましじみた言葉を口にする。少年──アイチは、肘を芝生に突くとぐっと上体を起こして再び立ち上がろうとした。ひたむきな子どもがたった数分の休憩時間を経て、未成熟な柔らかさと細さを残した脚で地面を踏みしめようとした、その瞬間。
 きらりと、空が光った。
「……えっ?」
 星の光も届かぬはずの太陽の膝下だ。しかし走った一条の光は、消えるどころかますます長く尾を引いて、空に軌跡を描き出し──やがて、行き着く先が決まる。スローモーションのように落ちてゆく。
「あ! 星……みたいな……。それも僕の部屋の方……に?」
 アイチは今度こそ立ち上がる。跳ね気味の癖っ毛を揺らし、少年の細腕には過ぎる荷物を抱えて、簡素な白布の衣装を靡かせて。一心に己の住まう場所を目指した。

「星が落ちるなんて聞いたことないけど……ううん、でも、隕石だっけ」
 誰に話すでもなく、自身の知識をなぞる。宇宙に興味があるかないかで言えば、アイチにはないと言えた。にも関わらず知っているのは、自身が所持している本を読み尽くして、それでも足りずに何度でも読み返すからだ。
 緩やかに曲がりくねった道を戻りながら、彼は落ちた『星』を探した。
「隕石は……大抵地面に着くまでに燃えるって、本に書いてたような……あっ」
 ほとんどが茂みと、それなりに整えられた芝生で構成された道だ。探し物に苦労することもなく、目的の物はすぐさまアイチの碧眼の前に入って来たのだった。
「これ……! ……なんだろう」
 駆け寄り歓声を上げかけたのも束の間、小さなクレーターを作った『星』の姿に首を傾げる。
 それは、アイチが今までに書物で得た知識には当てはまらない物だった。奇妙に薄く、まるで板のようで、サイズはアイチの手のひらよりもいくらか大きい程度であるようだった。板の表面には酷いひび割れが生じているが、砕けておらず板状の形を保っていることが、『星』の頑丈さを知らせる。
 触っても大丈夫かなと呟いて、アイチは落ち着かなさげに視線を彷徨わせる。誰に言い訳をするつもりがないのに、胃の中が妙に落ち着かなかった。
「隕石のカケラ? だったら熱いかな……いや、でも、ちょっとだけなら!」
 重たい木切れや鉱石を地面に置くと、ダボつく白布の袖を捲り上げながらアイチは手を伸ばした。半ば地中に埋まり刺さってしまった『星』に触れる。最初は恐る恐る。熱がないと知れば、しっかりと掴み。足を踏ん張り、力を込めた。
「よいっ……しょ! ……うわっ!」
 ずぽ、と少し間抜けな音と共に、どすんと勢いあまって尻餅をつく音が重なる。臀部を強打しつつも、アイチの手の中には『星』が──板状の何かがあった。
「なんだろう……やっぱり見たことないなあ、こんなの。結構硬いし……」
 蜘蛛の巣状にひび割れた暗い色の板を、アイチはつんと爪先で小突く。覗き込んで、歪に映り込む自分自身を見た。
「……あ、れ?」
 キィン、と耳鳴りがした。いや、違う。アイチが耳鳴りと感じたものは、聴覚を超えた深い場所にまで届いていた。人が囁きかけるよりも、幽かな音が。
「何の……? 誰か、いる……?」
 アイチの戸惑い掠れた呟きを被せるように、ひび割れた板が真白く染まる。星のごとき輝きを放ち、暗い色彩を失わせた。
「まさか、この中に……?」
 信じられない、と言いたげにアイチの唇が戦慄く。しかしこの未知の『星』が誰かの元に繋がっていないとは言い切れない。もしかしたら、新型のシェルノトロンなのかもしれない。コロン空の建造物から誰かが取り落としてしまったという可能性もなくはないのだ。仮にそうであれば、これはたまたまアイチの手元に落ちてきただけの、誰かの落とし物だ。
 ひとまずの結論を胸中で出すと、アイチは唇をそっと眩しく発光する板の前面に近づける。内緒話をするかのように囁いた。
「あの……誰か、いますか? どこかに繋がっていますか? 僕のこと、わかりますか?」
 ──……こ……る……。
「あ……何か、今聞こえた! あの、すみません。上手く聞こえなくて……聞こえますか? えっと、これはあなたの落とし物ですか?」
 耳を澄ませ息を詰めたアイチが、より声をひそめて口早に囁く。すると、耳鳴りに似た音に混じって、確かな声がした。
 ──聞こ……る。
「聞こえる? 僕も聞こえます! まだちょっと聞こえづらいけど……それで、これは……あなたの落とし物なら返さなくちゃならないって、思って……いて」
 ──誰だ。
「え? 僕……? そういえばまだ自己紹介もしてなかったね……でも、あなたは?」
 アイチがゆっくりと首を傾げる。声しか聞こえない、未知の相手に名前を伝えることを躊躇ったのだった。不思議と会話が成立することはわかったものの、この『星』が彼にとって理解の範疇から外れたものであることには変わりがない。だから、アイチは顔も名前もわからぬ相手に尋ねた。
「あなたの名前を先に聞いても、いいですか……?」
 ──……かい。
「かい? かい、さん?」
 かいさん、と口の中で繰り返す。耳馴染みのない響きを自身の中に覚え込ませるように。
「僕は……アイチ、です」
 ──あいち。
「はい。……でも、あの。アイチって名前は、他の人に教えてもらった名前なんです。だから、呼ばれてもあんまり慣れなくて」
 ──慣れない?
「僕……昔のこと、何も覚えてないから。全然思い出せなくて……あ。ごめんなさい、急に……こんなことを」
 ぱっと口許に引き寄せていた板を離し、アイチは我に返った。自身の事情を全く見ず知らずの、名前しか知らない相手に突然話し出すとはいったいどういう了見かと、自分自身で思い返し恥じる。俯き加減の彼の耳に、否。心に、染み入る声が響いた。
 ──お前も、ひとりか。
「お前も……? かいさん、も?」
 視線がゆっくりと上がり、煌々と光る『星』を再び捉えた。
「あの……かい、さん。かいさんの落とし物、酷くひび割れてしまっているんです。だから返す前に、修理をしないと」
 ──落とし物?
「この、僕とかいさんが話している、これです。新しいシェルノトロンかな……それなら何とかなると思うんですけど。だから、修理をして、返すまでの間……」
 こく、とアイチの喉が鳴る。けれども飲み込む唾すらなく、口の中はカラカラだった。緊張していた。
「返すまでの、間……」
 震えそうになる声を、詰まりかけた音を叱咤して、口を動かす。すっと息を吸い。
「ぼ、ぼくと……お話、してくれませんか!」
 ああ、言ってしまった──アイチの頭の中がぐるぐると回った。まるで脳内で何かが忙しなく跳ね回っているようで、ただ無意味な焦りが身体中を支配した。『星』が囁く声は淡々と響く。
 ──はなし?
「僕、友達……いなくて。ひとり……だから」
 ああ、やっぱり言わなければよかった。会ったこともない相手に何を言っているのだろう。でも『あなた』が初めて──細い声で言い訳じみた言葉を並べていると、男とも女ともつかない不思議な声音がまたアイチの内側に響いてゆく。
 ──構わない。
「え……本当? かいさん、本当に……?」
 ──くどい。
「ありがとう……!」
 アイチの頬が嬉しげに紅潮した。そもそもほとんど一人で日々を過ごすアイチにとって、友人──になれるかもしれない誰かの存在は、大きな喜びをもたらすものだった。例え顔もはっきりとした声もわからない、シェルノトロンらしき物体越しに言葉を交わすだけの相手であっても。
「よろしくお願いします、かいさん!」
 ──ああ。
「へへ……」
 うれしい、と呟いた少年の柔らかくほつれた表情を、翠色の瞳が捉える。
 両手で持つ端末の中を覗き込む。平らな液晶画面の向こう側で青い髪を揺らして笑う少年は照れ臭そうで、喜びを隠し切れていないと青年にも──櫂にも、わかった。
「一体、どういうことなんだ」
 夕焼けの赤い光がカーテンの隙間から差し込んで、青年の榛色の髪を染めている。低く漏れた独白を聞く者はいなかった。画面の内側の少年でさえも例外なく。

 記憶喪失の少年と、翠の目を持つ青年が、たったひとつの液晶越しに、七つの次元を超えて繋がった瞬間だった。




あとがき

 サージュ・コンチェルトのパロディで櫂アイが見たい! との気持ちが強すぎたので序章をざっと書き出しました。あまりにも短く展開が早い。パロディ元丸ままではないです。
 詩魔法を使うアイチくん見たさに書いているので、そこまで書いたら満足するかも。完結するのかは分かりません。

補足

アイチ……15歳ほどの少年。自身の名前以外何もわからない。惑星クレシェーラの住人。
シェルノトロン……魔法を使う為の道具。真空管のような形をしている。スマホ兼身分証明書みたいな便利道具なので、これがないと生きてけない! という人が多い。
冒頭の謎言語&日本語訳……パロディ元での作中独自言語。魔法に関わりがある。詳細は追々。

 この世界はあらゆる物が「波動(音)」で構成されている。我々の世界における原子が、この世界における波動である。
 科学=波動学。そしてこの世界の波動(音)は魔法になり得る。音の魔法を『詩魔法』と言う。